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書評

エマニュエル・トッド著

『帝国以後 アメリカ・システムの崩壊』

石崎晴己訳、藤原書店2003.4.刊行

「共同通信」2003.5.提出

 

 冷戦期から現在に至るまで、アメリカは日本やドイツといった諸国の民主化を支援しながら、その権力基盤を拡大してきた。しかし多くの国が民主化を遂げるならば、世界の支配形態はどのように変化するであろうか。はたして米国は、民主的な国家を服従させるだけの大義と権力を保持し得るであろうか。

 なるほどアフガニスタン攻撃に始まる米国の軍事行動は現在、世界に圧倒的なパワーを見せつけている。しかしそうした行為は小国を対象にした演技的誇示にすぎず、早晩不要になるというのが著者の見方だ。

 さらに著者は、人口学的な視点から、以下のように指摘する。多くの途上国では現在、少子化の傾向が進んでいる。女性は識字率が上昇すると受胎調節を行なうようになるからだ。出産率の低下によって女性の社会進出がすすめば民主化はさらに進む。(一九七六年にいち早く「最後の転落」で、当時隆盛を誇っていたソ連の崩壊を予測した著者は、その理由を出産率の低下によって説明している。)

そして今度はイスラム諸国における少子化の傾向を、応酬などの現在の先進国がかつて経験したのと同様の、民主化への過渡期と読む。識字率が一定の水準に至れば民主主義は浸透し、米国の軍事支配は不要になるーと予測するのだ。

 著者はまた、米国内の新保守主義の台頭も、同国の魅力を損なっていると批判する。それは例えば、イラク攻撃などにおける石油に固執する軍事行動、イスラエルに対する不当な支持、イスラム女性に対する不寛容、諸民族の混交率の後退などであり、「理想的な帝国」が提供すべき普遍的な価値とはかけ離れているーという。

 帝国アメリカの衰退を大胆に予測した本書は、さまざまな啓発に満ちた好著。これだけの予測をイラク戦争がはじまる前に洞察しえたというのは驚きだ。しかし疑問点も残る。著者はアメリカに代えてヨーロッパこそが普遍主義を提供すべきだというが、それは西洋中心主義とどのように異なるのか。次作を待ちたい。

橋本努(北海道大助教授)